ビタースウィートメモリー
もし吉田からの電話がなかったら、一体どうなっていたことか。
今もなお冷や汗を流しながら、悠莉は胸を撫で下ろした。
「帰ったらお礼させてください。あたし、何でもしますから」
「ふーん、何でも?本当に?」
楽しげな吉田の声に、そういえば異性として認識されていた上に好意も寄せられていたのだと思い出す。
しかしここで前言を撤回するなどという女々しい真似はしたくない。
アイラインを引きながらきっぱりと悠莉は言った。
「ええ、何でも。社会的にアウトなことでなければ」
見た目は真面目そうな吉田である。
中身も同様に真面目であると思いたいが、念のために保険をかけて、最後の一言を付け足した。
「じゃあ出張が終わったら何をお願いするか教える。今はとりあえずキンコーズ行ってコピーして」
「承知いたしました。最後にもう一回、ありがとうございます」
「うん、商談頑張って。いつもの青木さんでいれば、絶対に良い結果を出せるから」
「はい」
力強い吉田の言葉に胸が温かくなったところで、悠莉は電話を切った。
ざっくりとルージュを直塗りし、早足でキンコーズ梅田店に向かう。
ピンチを助けてもらったことと、彼が恋愛脳ではない事がわかったことで、悠莉の中での吉田への好感度はだだ上がりだった。
仕事中でも恋愛感情を剥き出しにするような男はお断りだが、なかなかどうして、吉田は絶妙に近づいてくる。
異性からのアプローチはすべて面倒なものでしかなかったのに、吉田の好意は嫌ではない。
仕事中に公私混同をしないというのは案外難しいものなのだが、彼は難なくそれをやってのける男なのだ。
キンコーズに駆け込み、資料を作り直すと、悠莉は元きた道を戻った。
商談には、時間に余裕を持って臨めそうだ。