ビタースウィートメモリー
遅めの昼食を終えると、吉田の提案でヴィーナスフォートまで歩くことになった。
もうすぐ誕生日が来る友人に、プレゼントを買いたいそうだ。
「彼は犬を飼っているので、ペットグッズにしようと思うんです。犬種はチワワだから、服とか」
「ああ、何枚あっても嬉しいものですね」
青木家のアイドル、ゴールデンレトリバーのマリーを思い出す。
犬用の可愛らしい服が選び放題だったのは生後数ヶ月だけで、その後はかなり大きく育ったため、成長後の彼女にぴったりのサイズの服を探すのに苦労したものだ。
なお、悠莉をはじめ家族が苦労して集めた服達は、マリーが体調を崩しがちになってから出番はない。
「とりあえず一階のお店回りますか。こことか、可愛いの揃ってそうですよ」
フロアマップを指差して吉田を見上げた瞬間、悠莉は彼の目に吸い込まれた。
彼のライトブラウンのくっきりとした二重の瞳には、自分しか映っていない。
にわかに緊張が走り、悠莉はさっと顔をそらした。
まだ顔は赤くなっていないが、心臓がドクドクと鳴っているのが自覚出来る。
「青木さん、ペットグッズ買い終わったらもう一件買い物行って良いですか?」
熱い視線はなかったかのように振る舞う吉田に、悠莉は目を見開いた。
「……もちろんかまいませんよ」
ほんの一瞬生まれた熱っぽい空気は、すぐに溶けて消えた。
気のせいだったのかと思うほどあっさりした吉田の態度に戸惑うが、悠莉は考えるのを放棄した。
あの甘く熱い雰囲気は心臓に悪い。
チワワに似合いそうな服を何点か身繕い、プレゼント用に包装をしてもらうまでそれほど時間はかからなかった。
ペットグッズを物色している時に、そういえば今、吉田の飼っている猫はどうしているのかと気になった。
「吉田さん、今日って何時までここにいます?猫ちゃん、お留守番ですか?」
「ラルフは留守番です。17時頃に解散しようと思うのですが、いかがでしょう?」
シャムが入った吉田家の美貌の猫は、ラルフという名前らしい。
明日は仕事だし、解散時間がわりと早いのはありがたかった。
「デートも終盤に差し掛かってきたところで、次のお願いを聞いてもらいましょうか」
ペットグッズを買って店を出るなり、吉田はキラキラした笑顔を悠莉に向けた。
なんだか嫌な予感がして後ずさるが、追い詰めるように吉田も同じだけ距離を詰めてくる。
「大丈夫、社会的にアウトな行為ではありません」
そう前置きした上で彼が頼んだのは……。
「俺が選んで買った服を、青木さんに着て欲しいだけです」