ビタースウィートメモリー



「じゃあ、あたし達帰国子女仲間ですね。あたしも向こうの大学出たかったな。うちは弟が二人いるから、四年間丸々は無理だったんです」

「三人姉弟ですか。賑やかで羨ましいな」

「なんにも良くないですよ。常におやつ、おかずの争奪戦で。吉田さんは?」

「一人っ子です」


そう答えた吉田の笑顔はまだ強張っている。

家族の話はあまりしたくないのか、そこから先、会話はなかった。

降り注ぐ日光にわずかにオレンジが混ざりはじめた青空の下で、潮の香りに包まれながら無言で歩く。

急に吉田が立ち止まり、悠莉をそっと見下ろした。

その目があまりに真剣だったから、悠莉は息をするのも忘れて真正面から視線を受け止めた。



「青木さん、あなたが好きだ」



まるで呼吸をするようにサラッと、吉田はそう言った。

その瞬間、悠莉の思考は著しく低下した。


今、なんと言われたのか。

決定打となる一言、好きの二文字だ。

吉田の気持ちはわかっていたはずだ。

あんなにあからさまにアピールしてきて気づかないほど、悠莉はうぶではない。

なんなら、告白されることだって予想していた。

ならなぜ、今自分はうろたえている?



「吉田さん……」



早く返事をしなくてはいけないのに、咄嗟に頭に浮かんだのは大地の顔だった。

この場面を彼が見たら、なんて言うだろうか。

嫉妬するかもしれないし、悲しむかもしれない。



「ごめんなさい。あたしは、その気持ちに応えられません」



考えるより先に飛び出た言葉は本能であり、悠莉の本心だった。

パチン、と自分の中でスイッチが入る。

雪崩のように大地が頭の中を埋め尽くしていき、この時はっきり悠莉は自覚した。

小野寺大地が、好きだと。

何度もこの気持ちを疑い、なかなか信じられなかったが、大地が好きだ。


「あたし、好きな人がいるんだって気づいたんです」


吉田は客観的に見て良い男の部類に入るだろう。

気さくだが情熱的で、紳士だ。

今日のデートも、なんだかんだ言って楽しかった。

しかし、悠莉の特別な人にはならない。

吉田の告白で、大地への気持ちを確信してしまったのだから。


「経理の小野寺くんですね。知ってます。何年経ってもあなた達はくっつく気配がないから、いけると思ったのになぁ」


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