ビタースウィートメモリー
もうすぐ17時である。
緊張しながら迎えた朝から、あっという間に夕方になっていた。
着てきた服をショップバッグに詰めてもらい、悠莉は吉田が買ったワンピースを着たまま店を出た。
9年ぶりのスカートは、股がスースーして落ち着かない。
「さて、解散時間も近くなってきたところで、青木さんへのお願いは残るところあと二つです」
「まだあるんですか」
あまり好きではないワンピースを着たのだからもう勘弁して欲しい。
露骨に嫌な顔をした悠莉をスルーして、吉田は手を差し出した。
「帰る前に、手をつないで散歩したいです」
「えぇー……」
間延びしたような声に拒否感を乗せて、悠莉は顔をしかめた。
高校生のデートかよ、というツッコミが喉元まで出そうになったが、どうにかこらえた。
それよりも、いい加減要求が多すぎる。
貴重な休日を潰しているのだ。
そろそろ遠慮して欲しい。
「そんなに嫌ですか」
「嫌ですね」
即答する悠莉に苦笑して、吉田は手を引っ込めた。
「わかりました。せめて、駅までの散歩だけでも付き合っていただけますか?」
懇願するように見つめる吉田は、おやつが欲しいのに待たされている犬のようである。
切なげな眼差しに根負けした悠莉は、ため息をつきながら了承した。
吉田は甘えるのがうまい。
相手がギリギリ嫌がらないラインを絶妙に攻めてくる。
嬉しそうに目を細めて笑い、吉田は悠莉と並んで歩きだした。
ヴィーナスフォートからお台場海浜公園に戻る道のりで、日に照らされた吉田の肌の白さが際立つ。
牛乳のようなまろやかな白さはどこかで見覚えがあり、しばらくしてから悠莉の頭上で電球が点いた。
「吉田さんってハーフなんですか?」
「あれ、言ってませんでしたっけ?母がスコットランド出身です」
「そうなんですか」
赤みがかった髪もいやに白い肌もどこか日本人離れしていたため、悠莉は納得した。
「10歳から18歳までエジンバラに住んでいました。大学もエジンバラ大学を希望していたのですが、家庭の都合により日本に戻ることになって……」
そう語る吉田の目は、どこか遠くを見ていた。
その頃の思い出はあまり良いものではないのかもしれない。
表情が翳り、なんと会話を続けたら良いのかわからないような顔で言葉を探す吉田に、悠莉は助け船を出した。