ビタースウィートメモリー
電車から降りて、不機嫌さを顔に出さないよう自分に言い聞かせる。
どこで誰が見ているかわからないのだ。
トラブルの対処に、冷静さは欠かせない。
上司がこの投稿に気づいて何か言ってくる前に、けりをつける必要がある。
とりあえずは騒動の渦中にいる仲間、吉田克実にLINEを送った。
まりりんの投稿画面の写真を送ると、すぐに既読がつき、電話がかかってきた。
「おはようございます。吉田さん、最近恨まれるような振り方しましたか?」
歯に衣着せない物言いはいつものことだが、この時の悠莉はかなりピリピリしていたため、言葉が刺々しかった。
『おはようございます。先月告白してくれた女性はいましたが、丁重にお断りしました。決して傷つけるような言い方はしていません』
吉田の声には微塵も揺るぎがなく、落ち着いていた。
それに当てられたのか、悠莉も頭が冷えた。
『あのアカウントは、新しく広報に入った野村真利奈さんだと思います。昼休みにでも確認して、もし本人だったら削除してもらいます』
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
電話を切った時には、もう会社は目前だった。
エントランスに入った瞬間、何人かが好奇心丸出しで悠莉を見た。
中には知り合いもいたが、目が合うなりサッと逸らされた。
エレベーターを待つ間の空気の悪さを考えて、悠莉は階段を使うことにした。
予想以上に多くの社員があの投稿を見ているようだ。
もし上司達も知っていたら、どういう反応が来るだろうか。
村田は悠莉を庇う可能性が高いが、部長はどう出るかわからない。
今は、吉田が相手の女性をうまく説得し、丸く収めてくれることを祈るしかない。
「おはようございます」
営業一課のフロアに上がり、目が合った人から片っ端に挨拶をすれば、反応は様々であった。
トラブルに巻き込まれたのかと心配してくれる者もいれば、軽く会釈してすぐに立ち去ろうとする者、気にしていないような素振りで悠莉をじろじろと見つめる者、多種多様である。
「おう、青木。お前にもとうとう春が来たのか!」
そう茶化してきたのは、念願叶って美咲と付き合いはじめたばかりの高橋である。