ビタースウィートメモリー



電車から降りて、不機嫌さを顔に出さないよう自分に言い聞かせる。

どこで誰が見ているかわからないのだ。

トラブルの対処に、冷静さは欠かせない。

上司がこの投稿に気づいて何か言ってくる前に、けりをつける必要がある。

とりあえずは騒動の渦中にいる仲間、吉田克実にLINEを送った。

まりりんの投稿画面の写真を送ると、すぐに既読がつき、電話がかかってきた。


「おはようございます。吉田さん、最近恨まれるような振り方しましたか?」


歯に衣着せない物言いはいつものことだが、この時の悠莉はかなりピリピリしていたため、言葉が刺々しかった。


『おはようございます。先月告白してくれた女性はいましたが、丁重にお断りしました。決して傷つけるような言い方はしていません』


吉田の声には微塵も揺るぎがなく、落ち着いていた。

それに当てられたのか、悠莉も頭が冷えた。


『あのアカウントは、新しく広報に入った野村真利奈さんだと思います。昼休みにでも確認して、もし本人だったら削除してもらいます』

「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」


電話を切った時には、もう会社は目前だった。

エントランスに入った瞬間、何人かが好奇心丸出しで悠莉を見た。

中には知り合いもいたが、目が合うなりサッと逸らされた。

エレベーターを待つ間の空気の悪さを考えて、悠莉は階段を使うことにした。

予想以上に多くの社員があの投稿を見ているようだ。

もし上司達も知っていたら、どういう反応が来るだろうか。

村田は悠莉を庇う可能性が高いが、部長はどう出るかわからない。

今は、吉田が相手の女性をうまく説得し、丸く収めてくれることを祈るしかない。


「おはようございます」


営業一課のフロアに上がり、目が合った人から片っ端に挨拶をすれば、反応は様々であった。

トラブルに巻き込まれたのかと心配してくれる者もいれば、軽く会釈してすぐに立ち去ろうとする者、気にしていないような素振りで悠莉をじろじろと見つめる者、多種多様である。


「おう、青木。お前にもとうとう春が来たのか!」


そう茶化してきたのは、念願叶って美咲と付き合いはじめたばかりの高橋である。


< 99 / 112 >

この作品をシェア

pagetop