ビタースウィートメモリー
「来てません。変な誤解しないでください」
「じゃああの写真はなんだよ?」
「……あの後、きちんとお断りしました」
本当は抱きしめられる前には断っていたのだが、なんとなくこの事は誰にも言いたくなかった。
なんだ、とつまらなそうに高橋は鼻を鳴らした。
悠莉の返事に不自然な間が空いたことは、あまり気にならなかったらしい。
「あれはただのアクシデントか、つまらん。それより、夕方からの外回りなんだが林の代わりに松坂に同行してくれ。あいつは別件で行けなくなった」
「承知いたしました」
なんだかんだ言って悠莉のプライベートにはあまり首を突っ込まない高橋は、すぐに野次馬精神を引っ込めた。
自分のデスクに座った瞬間、斜め前の噂好きな女子社員が、インスタの投稿について目をギラギラさせながら尋ねてきた。
「ね、青木さん彼氏いるの?」
その質問に内心げんなりするが、悠莉はそれを顔に出さないよう気をつけた。
この手のスピーカー人間は、根も葉もない噂話の発信源になりがちだが、こちらから何かを発信したい場合は便利だ。
打算的な思考を見せないよう、悠莉は困ったように眉尻を下げた。
「あの投稿か。まりりんとやらは多分遠くから写真を撮っただけで、あたしと吉田さんの会話は聞いていなかったんだろうな。実は……」
もったいぶって言葉を途中で切ると、目の前の女子社員だけではなく、周囲の何人かが耳をそばだてていることに気づく。
声のボリュームは落とすが、しかしはっきりと悠莉はしゃべった。
「実は昨日、吉田さんに告白されたんだ。その時抱きつかれたから、あの写真はその瞬間を撮ったんだろう。申し訳ないが、あたしは今彼氏はいらないからお断りした。あたし達の会話が聞こえていたら、投稿者の暴走はなかったかもしれないな」
吉田に心の中で謝罪を繰り返しながら、悠莉は告白されたことを暴露した。
そして振ったことをつけ加えて、あの写真は意味のないものだと印象づける。
「ああ、そういうことだったんですね」
納得したような顔の女子社員に、悠莉は働きを期待した。
ぜひ今の話をあちこちに広めてほしい。
餌にされた吉田には本当に悪いことをしたと思っている。
人生で初めて、断ったことに罪悪感を感じた告白の思い出だ。
悠莉も大事にするつもりではあった。
しかし、ほろ苦い思い出よりも、職場の人間からの信頼とクリーンな環境のほうが何倍も大事である。