alice in underland
 記事には、作者であるルイス・キャロル、本名、チャールズ・ドジソンの写真が載っている。隣の病室の老紳士が、こっそり渡してくれた新聞を切り取ったものだった。
 ラースの語ってくれた、ボート上の思い出は今でもアリスの大切な記憶だ。
 線が細く、優しくて頭の良いチャールズはアリスの初恋の相手だった。
 ボートの上で語ってくれた、「地下の国のアリス」は、アリスをモデルにした物語だ。楽しい冒険物語の続きが気になって、何度もねだった。
 チャールズは困った顔をしながらも、魔法使いの様にするすると物語と紡いでいった。
 純粋に物語が楽しかったのもあるが、幼いアリスはチャールズが自分に構ってくれるのがうれしかった。姉のイーディスは嫉妬をしてチャールズが帰宅した後にアリスに意地悪をする事もあったが、平気だった。
「いつか、この物語を本にしよう。そして、世界中の子供たちに読んでもらうんだ。君の物語を」
 幼いアリスにそう約束をしたチャールズの輝く笑顔を今でも覚えている。
 いつまでも続くと思えた幸福の日々は、13歳の時の事故で全て崩れ去った。
 ショックが強かったせいか、アリスは事故の時の記憶がない。自分が幻想の中にいる時は、ラースは「まるで君が本当の不思議の国にいるみたいだ」と語った。
 意識が蝕まれていく中で、アリスは自分の知らない内に酷く暴力的で凶暴になった。
(でも、それは本当の私じゃない。私は、私。もう、人格が失われるのが分かっているのなら、最後まで私であり続けるわ)
 アリスは、チャールズの記事を枕の下に戻すとラースの置いていった薬包をみた。それは、定期的に渡される鎮痛剤と抗不安剤を調合したものだった。
(これを飲めば、きっと穏やかに眠りにつける。でも、そうしたらもう二度とチャールズの夢は見れない)
 アリスは、薬を飲むことを拒否した。しかし、飲まなかった事がばれたら苦しい麻酔を打たれるかもしれない、と勘づきそっと中身を洗面台に捨てた。
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