alice in underland
 施術は、翌日の早朝に開始される事になった。
 マスクをした数人の看護師とラースに付き添われてアリスは、手術台に縛りつけられた。
(暴れたりなんか、しないわよ。薬を飲まなかったから、きっと手術は痛いでしょうね。でも、最後の痛みの瞬間まで私のままで感じていたい…)
 まるで、獣の扱いにアリスは不快になった。
 アリスの表情を感じとったのか、看護師の一人が縛りつけた後に軽く手を握ってきた。
(今更、同情のつもりかしら)
「それじゃあ、アリス。始めるよ。目覚めたら君には穏やかな世界が待っている。昨日の薬でそろそろ眠くなってくるはずだ」
 薬を飲まなかったアリスは眠気を感じていなかったが、目を閉じた。
「眠ったかな。では、君たちは一旦下がって」
 手術を行うはずのラースが、看護師たちを払い、数人の足音がドアの外に出たのが聞こえた。
 目を閉じたアリスのそばにラースが立つ気配がした。
「嗚呼、愛しいアリスこれでようやく二人きりだ…」
 耳元で聞こえてきたラースの声はねっとりとしていて、彼の体温を感じない冷えた指が、アリスの輪郭をなぞった。感じたことのない、生々しい吐息がアリスの首筋にかかった。
「告白をしよう。7歳の時にチャールズが君と遊びで取った写真を見た時から私は君の虜になった。あの魅惑的な表情はとても幼い子供が醸し出せるものではなかった。それからずっと君だけを見つめてきた」
 意識が無いと思われているアリスをラースは舐めるように見つめた。
「どうすれば、君を独占できるかそれだけを考えてきた。そして今日、とうとうそれが叶うんだ。意識がある時の強いまなざしの君も素敵だけど、動かない君もなんて美しいんだ。一生僕の愛玩人形にしてあげるよ」
 ラースはおぞましい告白をしながら、アリスの病院服がはだけた胸元に顔を寄せた。
「君の心臓が動いているのが、見える。僕の心臓も興奮して強く脈打っているよ。いっそ、僕の胸を開いて君に触ってもらいたいな」
 ラースがアリスの胸に汚れた口づけをしようとした瞬間だった。
「あああああっ!」
 獣じみた声が手術室に響きわたり、ラースの左耳から大量の血液が噴出してきた。
 アリスの手には、一本のメスが握られていた。
 先程の看護師が彼女の手を握った際に手術台の隙間にいれておいたものだった。
 血まみれでかがみこんだラースをよそに、アリスは急いでメスで拘束を外そうとしたが、精神病患者を拘束するために作られたバンドはなかなか切れない。
「この女! 薬を飲まなかったな!」
 起き上がった血濡れのラースはこの世の者とは思えない形相でアリスをにらみつけてきた。そして、アリスの自由を奪おうとのしかかろうとした時、手術室のドアが開いて先程メスを渡してくれた看護師が入ってきた。
「何だ? 今は、取り込み中だ、出ていけ」
 しかし、看護師はラースの命令には従わずに手術室に入りこむと、ラースをアリスから引き剥がそうとした。
「何をする!」
 血まみれで暴れるラースは看護師のマスクをはぎ取った。
「な、貴様は!?」
 アリスは、目を疑った。
 記憶の中の暖かな赤毛が黒く染められており、少し年も取っているせいで気がつかなかったが、明るいグリーンの瞳にそばかすの浮いた頬は間違いなく、チャールズ・ドジソンであった。
「チャールズ!」
「アリス、僕がこいつを抑えている間に早く逃げるんだ!」
 アリスは、バンドを切ると手術台から立ち上がり、白いしなやかな足で手術道具の乗ったカートをラースに向かって蹴り飛ばした。
 カートは派手な音を立てて、ラースに衝突し壁とカートに挟まれたラースは失神した。
 アリスはチャールズに向かって得意げに微笑んでみせると、チャールズは驚いたように口笛をふいた。
「やるね、さすがは僕のおてんば姫様だ」
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