神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
 涼しやかな弓弦の音を響かせ、解き放たれた青い閃光の矢が、嘆きの精霊がひしめきすすり泣く大地に、揺れる水面のような波紋を作って突き刺さる。
 彼女の口にした呪文は、攻撃のそれでなく、いわゆる鎮めの呪文だ。
 青珠の森の守り手は、時折、こうして嘆きに満たされた大地を鎮めることがある。
 そんな彼女達が付き従う青珠の森の統治者レイルは、類まれなる鎮めの力と魔封じの力を持つと言われる妖精王だ、そのためか、森を守護する者たちもまた、彼に追随するような力を与えられているのかもしれない。
 波打つように大地に広がる波紋が、青い花びらのような光を虚空に乱舞させながら、悲壮な顔ですすり泣く嘆きの精霊を次々と飲み込んでいった。
 清らかな水音を立て、波のように宙に立ち上がった青き輝きは、一度激しく発光すると、ひしめきうごめく嘆きの精霊ごと、まるで海原の波が寄せてかえすように、そのまま、地面の中へと消えて行ったのである。
 それは、正に一瞬の出来事であった。
 あれ程まで、嘆き悲しみ悲壮な顔をしてその地を覆い尽くしていた嘆きの精霊が、忽然とその姿を消し、すすり泣きすら聞こえなくなった。
 白い闇に覆われた空間から、やがて、天空からの太陽の輝きが差し込んでくる。
 それを見計らうように、シルバは、見事な竜の彫り物が施されたジェン・ドラグナの柄を握り直し、その白銀の刃を前で構え直すと、何を思ったか、突然、己の身を守っていた銀色の結界を解いたのだった。
 結界を解くということが、即、死に直結するだろうことは、彼自身が一番良く知っているはずだ・・・・
 その光景を目の当たりにしたレダが、驚愕して鮮やかな紅の両眼を大きく見開いた。
 藍に輝く艶やかな黒髪を揺らしながら、彼女は、思わず、彼に向かって鋭い叫びを上げたのである。
「何を考えている!?死ぬつもりか!!?」
 彼女の視界の中で、彼の長い黒髪と純白のマントが吹き付ける風に翻る。
 精悍で端正な顔を鋭い表情で満たし、シルバの爪先がレダの手によって鎮められた清らかなる大地を蹴った。
 その眼前には、滅破の光を掌に満たした竜である青年の優美な姿がある。
 白銀の刃が閃光の帯を引いて空を薙ぎ、鋭利で美しい切っ先がアノストラールの胸元を狙い迅速で翻った。
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