神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
 空を二分する鋭い音が虚空にこだまし、一瞬、見開かれたアノストラールの黒い瞳に、竜の体とて貫くだろう白銀の刃が映り込む。
 閃く刃を退くように僅か後方に瞬間移動した彼の眼前に、今度は、とっさに差し伸ばされたシルバの左手が迫った。
 その指先が彼の襟元を掴み上げ、凄い力で彼の体を手前に引き寄せると、鋭利な剣の切っ先がアノストラールの鼻先ぎりぎりに突きつけられる。
 そんなシルバに向かって、アノストラールが、掌に浮かんだ滅破の光球を今正に放たんとした。
 咄嗟にレダは、アノストラールの掌に向け素早く矢先を合わせると、険しくもどこか複雑な顔つきをしながら、ぎりりと弓弦を引き絞る。
 刹那、端正な顔を厳(いかめ)しい表情で満たしたシルバが、澄んだ紫色の右目を細めながら、同朋たる者の名を呼んだのだった。
『アノストラール!いつまで耳を塞いでいる!?
おまえ!天敵が怖くて正気に戻れなかったなどと抜かしたら、本気で斬るぞ!!』
 その緊迫した空気にそぐわぬ奇妙な彼の物言いに、レダは、一瞬、何が起こったか解ずに、どこか戸惑ったような表情をしながら、思わず、構えていた弓を下ろしてしまった。
 だが、どういうことだろう・・・アノストラールの掌からみるみるあの銀色の光が消え失せていく。
 カルダタスの峰から吹き付ける冷たい風に、長く優美な銀の髪が棚引いた時、あれほどの激しさに歪んでいた彼の美貌の顔が、何故か、拍子抜けするほどくったくなく笑ったのである。
『・・・・・シルバ?これは何の真似だ・・・・?
我が父王の角で突き貫かれたら、私とてただでは済むまいな?』
『・・・・・・・・』
 実にのんびりとしたアノストラールのその言いように、シルバは、厳(いかめ)しかった表情をどこか呆れたような表情に変え、純白のマントを羽織る広い肩をすくめたのだった。
 大きく息を吐きながら、ゆっくりと白銀の剣を下ろし、突き飛ばすようにアノストラールの衿元から手を離すと、僅かばかり怒ったような顔つきをして、シルバは、地中に眠る紫水晶のような右眼で彼の美貌の顔を睨みつけたのだった。
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