ガラスの靴は、返品不可!? 【後編】
一通りの検査を終え、失礼しようとして。
「真杉さん」と、津田先生に声をかけられた。
「はい?」
浮かせた腰を戻す私を、シワに埋もれそうな細い目が穏やかに見つめる。
「何か、気になることはあるかな? なんでもいいよ。初めてのお子さんで、心配なことも多いでしょ?」
気になること……
優しい言葉をかけられたせいだろうか。
昨日までの感情の揺れが蘇ってしまい、うるっときて。
慌てて唇を引き結んだ。
おかしいな……私、こんなに涙腺弱かったっけ。
ふるふると無言で首を振る私に、先生はそれ以上何も言わず、ニコニコと頷いた。
「つわりはどう? 今が一番辛い頃だと思うから。ひどいようなら、薬も出せるよ?」
「いえ、それが割と大丈夫みたいで。食事もできてますし、仕事に集中してる時は怠さも感じないし。逆に、赤ちゃん元気なのかなって心配になるくらい」
「まぁ個人差があるからね。赤ちゃんは元気だし、問題ないよ」
もちろん、だからといって無理はしないように、という先生の言葉に頷きながら――「あ」と声を上げた。
「……ただちょっと、匂いが……」
つわりというと、どうしてもあの朝を思い出してしまう。
それ以降、あれほどの反応はないけど……
なんとなく、いろんな匂いに敏感になってる気もする。
「あぁ、匂い悪阻ね。それまで全然平気だった匂いも、ダメになっちゃうお母さんいるから。炊き立てのご飯とか」
ご飯は、問題ないんだけど――
「一番いいのは、それをかがないことだね。ご主人に食事の用意を替わってもらうとかして。その匂いを遠ざけることはできそう?」
「はい、その……やってみます」
彼次第ですけど、と思いながら、ぎこちなく笑う。
「うん、ママのストレスは、赤ちゃんにもよくないから。パパにも手伝ってもらって、居心地よく過ごすことを心掛けるといいね」
ママの、ストレス……かぁ。
彼が触れてくれないんです、なんて。
さすがに先生には言えなかった。