今宵、貴女の指にキスをする。
二十五歳のときにA出版が主催する文学賞を受賞し、それからはOLと小説家の二足のわらじを続けることになる。
だが、小説を書く時間がほしいと思ったことと、ありがたいことにコンスタンスに仕事も入るようになったので、二年前に勤めていた会社を辞めて小説家一本に絞った。
以前から住んでいたマンションを居住兼仕事場とし、担当者との打ち合わせなどもすることも多い。
円香は壁に掛けられている振り子時計を見るふりをしつつ、緊張を心から追い出そうと必死になっていた。
先ほどまではA出版の担当、七原という女性も同席していたのだが、すでに席を外している。
何人も作家を持っている七原はいつも忙しそうで、『原稿が上がったみたいなんで、失礼します』と颯爽と出て行ってしまった。
そして、今。円香の目の前には大人な色気を醸しだし、常に落ち着いている男性、相宮氏がいる。
彼と事務所兼円香の自宅マンションに二人きりの状況だ。
相宮佑輔、三十七歳。有名人気ブックデザイナーである。