宝石姫と我が儘な教え子






「せんせー、授業の資料多くない?俺持ってくよ」


「ありがとう、ごめんね」


美術準備室から資材を持ち出して階段を登っていると意識が朦朧とした。フラついているところを生徒に助けられる。


いけない、つい張り切り過ぎて体の限界を忘れていた。だって毎日が楽しくて仕方ないんだもの。私は今まさに、人生をかけたの夢の最中にいる。


ここは私の母校。さほど難関校ではなく、かといって勉強が苦手というわけでもなく、程ほどの成績の生徒が集まるのんびりとした共学校だ。


担当課目は美術なので、高校三年生が相手となるとみんな上の空である。受験科目にない美術の時間なんて生徒にとっては睡眠不足を補う時間か、それともテストに向けて英単語でも覚えるか。

だけどそんなことは構わなかった。教壇に立って好きな話をして、もしかしたら誰かの心の片隅に届いているかなと思うだけで楽しい。


「皆さん、世界一硬いと有名なダイヤモンドをどうやってカットするか知っていますか?答えは、「同じダイヤモンドを使う」です。

皆さんがダイヤモンドとしてイメージする形は『ラウンドブリリアントカット』というカット技法ですが、これは17世紀にヴェネチアで原型となる技法が生まれ…」


教壇からから生徒を眺めると実に様々な人間模様が見えてくる。紙切れに書いた手紙を回している生徒のグループ。ヒソヒソとこちらを見て笑い合う様子から、実習生の私をからかってるんだろうとわかる。いつだって新米教師は、退屈を持て余した生徒の格好の餌食になる。

そして窓際に座っている女の子。黒板を見る傍らで、掠めるように男子生徒の横顔を眺めて頬を染める。視線の先にいるのは授業の前に資料を持ってくれた男の子だ。


さっきは顔をよく見なかったけど、確かに綺麗な顔をしている。切れ長の瞳とさらさらした髪は琥珀のように輝き、繊細な顔立ちはどこか現実味がないくらいの美少年。

しかしながら、だらしなく肘をついた姿勢でぼけーっと黒板を眺めているせいで、顔立ちの良さは半分ほど打ち消されている。

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