偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
「念のため、救急車で病院に向かいましょうね」
わたしの声に、川久保さんはゆっくりとうなずいた。
遠くから救急車のサイレンの音が聞こえる。
状況を心配そうに見ていた、たい焼き屋のおじさんが、かぶっていた帽子を脱いで大きくふり、救急車に場所を教えてくれたおかげでスムーズに場所を特定できたようだ。
「こちらが患者さんですか?」
「はい。午後六時すぎに急に苦しみだしまして……それから五分後に薬の存在に気がついてこちらを服用していただきました」
薬の袋を救急隊員に渡す。多くの情報が記載されているので役立つだろう。
バイタルや経過について説明する。すぐに搬送先の病院が決まったのか川久保さんはストレッチャーに乗せられそのまま救急車内に運ばれた。
その様子を一息つきながら見送っていると、秋江さんに手を引かれた。
「わたしひとりでは……とても……すみませんが、一緒に同乗していただいてよろしいでしょうか?」
「いえ、でもわたしは」
ただの通りすがりの他人だ。状況の説明はすでにしたけれど……。
「早くしてください」
中から救急隊員に急かされて、秋江さんはわたしの手を引いて歩きだした。
「後生ですから助けると思って! お願いします」
頼み込まれてしまい、これ以上救急車を止めておくこともできないと判断したわたしは、救急車に同乗することになった。
そして車内で搬送先が三島紀念病院だと聞いて、呆然とする。
つい先ほど二度と訪れないかもしれないと思っていた病院に早くも戻ることになるとは……。
想定外のことに戸惑いながらも、今は川久保さんの容態が良くなることだけを願った。