偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
救急車が到着すると、川久保さんはすぐに院内へと運び込まれた。
「ご家族の方ですか? 状況の説明を……って、え?」
救急担当の看護師がわたしの顔を見て目を見開いた。
「あれ、小沢さんどうして……?」
「色々あってね、とりあえず川久保さん、うちの患者さんみたいなの。心臓……薬から判断しておそらく狭心症で通院されてるようだから、カルテ出して担当の先生が残っていれば呼び出したほうがいいと思う」
「わかった」
分かる範囲で状況を伝えると、オロオロと手続きをしている秋江さんに付き添った。
秋江さんは看護師に渡されたバインダーに個人情報を書き加えると、携帯電話で電話をかけ始めた。おそらく家族に連絡を入れているのだろう。
彼女に一言告げてから帰宅しようとすると、救急の処置室に運び込まれた川久保さんの元に三島医院長が駆けつけている姿が見えて、とっさに陰に隠れた。
別に悪いことをしたわけではないけれど、あの噂がすでに医院長の耳に入っているならば、顔を合わせないほうが良い。
搬送されて一時間も経たないころ、秋江さんの元にひとりの長身の男性が駆け寄った。
スーツに身を包んだ男性は、額に浮かべた汗を拭うことなく秋江さんに尋ねた。
「おばあ様は?」
「いま、あちらの方へ……」
処置室を指さすと、すぐにそちらに向かおうとした。
その彼を止める。
「おそらく今は中に入れてもらえないと思いますよ。しばらくしてからの方がいいです」
おせっかいにも声をかけたわたしに、彼が向き直る。
「失礼ですが、あなたは?」
「え、あ……」
怖いくらいに真剣な男性の表情を見て、一瞬言葉に詰まる。
「あ、失礼しました。川久保尊(たける)と申します。運ばれたのは僕の祖母なんです」
「そうでしたか。わたしは川久保さんが体調を崩されたときに偶然居合わせただけなんですが」
「尊様、こちらの方が奥様を助けてくださったんです。わたしひとりではとても対応できませんでした」
それまで話を聞いていた秋江さんが、安堵したのか涙混じりに説明してくれた。