偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~

 ほんの僅か隣にいる彼に視線を向ける。すると彼はまいったなとでもいうように、小さく肩をすくめた。

「彼女の前で僕がモテないって、暴露しないでください」

 わざと怒ったふりをした尊さんに、会長は声をあげて笑った。

「あはは! こりゃすまなかったね。今までどんな誘いも断ってきた君が、女性を連れていると聞いて驚いてね。いや、とんだ失礼だったね」

 ひとしきり笑った後、会長さんはわたしの方を向いた。

「川久保くんは少し働きすぎだから、心配していたんだ。あなたのような方がいらっしゃるなら、安心だね」

「いえ、とんでもございません」

 慌てて首を振った。けれど隣にいる尊さんは、会長さんの言葉に同調する。

「そうなんです。彼女がいるから安らげるし、頑張れる。とても大切な人です」

 はっきりと言い切った彼を見て、会長さんは口をぽかんと開けた。ほんのわずかの間かたまって、そのまままた声をあげて笑った。

「こりゃ、相当入れ込んでいるみたいだね。ああ、幸せそうだ」

 わたしはいたたまれなくなって、俯いた。隣を盗み見ると、尊さんは満足気に笑っていた。

 尊さんはいつだってそうだ。言葉でも行動でもわたしを大切にしてくれる。

 正直、彼の社会的地位や立場を考えると、自分とは違う世界の人だと思うこともある。

 あんな出会いをしていなければ、きっと彼とわたしの人生が交わることなんてなかったに違いない。

 わからない世界に飛び込むのは、怖い。けれど彼のおかげで彼のいる世界に自分が馴染んでいけることに、喜びを感じていた。
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