魔法使いになりたいか

§12

病院に着いたら、香澄は個室に移されていた。

菜々子ちゃんと二人、病院に通い詰めた顔パスパワーで、親族以外は面会謝絶の病室に、無理矢理入り込む。

香澄のお腹は、もうすでにペタンコになっていた。

菜々子ちゃんは、なにも言わずに香澄のベッドサイドに座る。

「お腹の赤ちゃんは?」

「死んだ」

香澄は沢山の管につながれた体で、数本の針が刺さった両腕を、顔の上に置いている。

「死んだの?」

「どーせ助からないし、もういいかなって思って」

香澄がそんなふうにしているから、ここからは香澄の顔が見えない。

菜々子ちゃんは、自分の母親に、自分の兄弟のことを聞いている。

「どーせ邪魔だし、いらないし、出てきても、苦労するだけだから、私が」

病院の個室はとても静かで、親子の会話を邪魔するものはなにもない。

「これ以上、余計なのが増えても、大変でしょ。ついでだから」

「そっか、分かった」

菜々子ちゃんはそう言った。

それで、香澄との話しは終わり。

「そんなこと、聞いてないだろ!」

つい声が大きくなる。

そんなことは、絶対嘘に決まっている。

菜々子ちゃんを一度生んでいるのに、本当にいらないのなら、妊娠が分かったときに、なんとかしてるはずだ。

俺は、そんなことは、聞いてないんだ。

菜々子ちゃんも、本当に聞きたかった話しじゃないはずだ!

「じゃあなんで、名前考えようって、言ったの?」

香澄の腕が顔の上から下ろされたとき、サイドテーブルに指先が少しぶつかった。

そこから積み上げられた紙の山が、バサリと落ちる。

「俺は、一緒に住もうって言ったし、名前も考えようって言ったのに!」

「あんたの子供じゃないんだし、なんであんたに指示されないといけないのよ!」

拾い上げたその紙は、いろんな手術や検査の同意書で、香澄は、そこに何一つ了承のサインをしていなかった。

「ねぇ、これ、どういうこと?」

「あぁ、余計なことしたら、お金かかるでしょ、だから。しないの」

香澄は笑って言う。

「便利だよねー、本人の意志がないと、検査のひとつも出来ないんだってさ」

その笑った瞳から頬に伝うしずくは、本人の意志とは無関係に出てくる汗みたいなものだから、香澄にもきっと、どうしようも出来ないんだと思う。

「さっさと退院できたら楽なんだけど、病院以外で死ぬと、それはそれで厄介みたいで」

「結婚しよう。俺、今から婚姻届け、持ってくる」

「はぁ?」

「そしたら、お前もお腹の子も菜々子ちゃんも、俺のものになる」

「なるわけねーだろ、バカ!」

香澄なんかの声は無視して、廊下を走る。

急いでたら、看護師さんに走らないで下さい! って怒られたけど、後で謝っておくから平気。

このすぐ近くに区役所があるから、そこから勝手に婚姻届けを取ってくればいい。

それにサインして出してしまえば、誰だって家族になれるんだ。

役所に着いたら、引っ越しとかの住所変更と、戸籍抄本や印鑑証明の用紙と並んで、婚姻届けがおいてある。

やろうと思えば、こんなにも簡単にできるんだ。

俺は取り出した一枚の婚姻届けに自分の名前を書いて、一度うちに戻ってはんこを押した。

それから病院に返って、香澄に書類を渡す。
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