さよなら、センセイ
ヒロは恵を抱きかかえるような体勢になって床に膝をつく。

「先生、狭いんだから、気をつけて。大丈夫?」

恵の目の前にヒロの端正な顔があった。
大好きで大好きで忘れられない人。
2人の視線が重なる。
意図せず抱きしめられる形になって、互いの温もりを感じて、封印したはずの想いが溢れそうだ。

「ごめん、丹下君、ありがとう」

まるで泣き出しそうなほど弱々しい声しか出ない自分が恨めしい。きっと動揺が隠しきれていない。


ーーダメだなぁ。私。大人じゃないなぁ。


「どういたしまして、若月先生」


制服をはたきながらヒロが立ち上がる。そうして、うつむいたままの恵の手を取り、恵も立たせてくれた。


「そんな顔して。俺より仕事を取ったんだろ?もっと先生らしくしなきゃ、ダメなんじゃない?
どうみても、頼りないよ、若月先生」


「…!」


恵は、はっとなってヒロを見た。
その顔には、怒りがこみ上げている。
睨まれて恵は、いっそう体を縮こませた。

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