さよなら、センセイ
綺羅にぐいっと腕を掴まれる。
そのまま引っ張られながら、恵は水泳部の部室前へと来てしまった。

「あ、若月先生!」

部室の前には、三年生が勢ぞろいしていた。
輪の中には、ヒロの姿もある。

ヒロを見つけた途端、恵の体は強張る。
胸は、はち切れんばかりに鳴り響き、血の気が引いていく。

ヒロは無表情でその場に立っている。恵と目も合わせない。その姿に、涙が出そうだ。


でも、ここは、学校だ。
皆、大切な生徒だ。心乱しては、いけない。


「まず、佐藤くんは、大和大学の法学部!」
綺羅が、部員一人一人の進学先を紹介してくれる。

「おめでとう、佐藤君」
「ありがとう、若月先生。
第一志望はダメだったんだけど、法学部には行けるから良かったよ」
「大和大学も、いい学校だよ。
勉強、大変だと思うけど、大学生活、楽しんで」

一人一人と握手をしながら、激励の言葉をかける。
生徒達は、皆、まぶしいほどの笑顔だ。

「で、最後に。
元部長のヒロが、なんと、慶長大学の経営学部!これで、全員、進学決定!」


最後。ヒロと向かい合う。ヒロにだけ声をかけないのも、おかしい。


ーーなんて、言おう。
…て、いうか、こんなに近くにいると、泣いちゃいそうだ。


『さよなら、若月センセイ』


あの冷たい電話の声ばかり頭の中をこだまする。



「丹下くん、おめでとう」

やっと絞り出した言葉は、それだけだった。



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