さよなら、センセイ
その日の夜、恵はヒロに電話をした。
だが、ヒロは電話には出ず、留守番電話メッセージが無情に流れる。
恵は何も吹き込むことなく、電話を切った。

そして、机上の小箱をそっと開ける。

中には小さく折りたたまれた、離婚届。

ーーあなたが私を忘れて、30歳になっても迎えに来なかった時は…


ヒロは、どんどん大きくなっていった。
今やあの若さで立派な会社社長。


でも、私は。


私はただ歳を重ねただけ。時間が経てば経つほど、ヒロとの距離は広がるだけ。

私のことを忘れたわけじゃない。
現に職場に来て校長と何かを話していた。
生徒達と一緒にいる姿も見ていたに違いない。

社長である自分の妻が、こんな田舎で教師をしている事実を目で見てどう思っただろう。昔と何も変わらず、ただ歳だけを重ねた私を見て、どう思っただろう。



恵は、離婚届を広げ、ヒロの書いた文字を指でなぞった。

離婚を告げられても、受け入れる覚悟は出来ている。


淋しかった。ヒロに会いたかった。
彼の愛情を近くで感じたかった。
一緒に毎日を過ごし、思いを時間を共有し、本当の家族になりたかった。


この頃すっかり緩くなった涙腺がまた緩む。
積もり出した雪のせいで静かな夜。
恵の嗚咽だけが夜に溶けていった。







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