さよなら、センセイ
「多忙なアリオン・エンタープライズ社の社長が、こんな北国の田舎に、何の用?」


本当はヒロが来てくれて、すごく嬉しかったのに、恵の口をついて出たのは、こんなトゲのある言葉だった。

今まで、連絡もほとんどしてくれなかった。放っておかれた、という思いが恵を素直に喜ばせてくれない。

ヒロは、ヒラリと壇上から飛び降り、恵に歩み寄ってくる。

「雪が見たくなって」

「雪なら外よ。
ここは、高校の敷地内。関係者以外は立ち入り禁止です」

「冷たいなぁ、先生。
元教え子に、それはあまりに冷たい」

「そう、『元』。
でも、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの会社の社長さん。
私があなたの先生だったのは、もう、ずっと前のことよ。

忘れてしまったでしょ?」


「まさか。
俺にとって、あなたの最初の教え子だったことは自慢だし、誇りだ。

メグ、君がいなければ、今の俺はなかった。

大学にも行かず、宙ぶらりんのまま、片手に親の金、片手に女でも抱いて、夜の街をフラフラしているだけのクズに成り下がってただろうな。

君が俺を変え、そして、成長させてくれたんだ」


「私、何もしてない。
ただ、遠く離れたところで、あなたのことを思っていただけ。
全ては、ヒロ、あなた自身の努力の賜物よ」

「毎日送ってくれたね、メール。
あれにすごく励まされた。
一人でさ、疲れきって帰って来た時に、あれは、ホント、染みるほど嬉しかったよ。

離れていても、家族なんだって、メグの為に頑張るぞって、何度も励まされた。

俺は、つい、弱音や愚痴ばかりになってしまうから、カッコつけてほとんどメールしなかった。ごめん」


ヒロが恵の正面に立つ。

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