さよなら、センセイ
「メグ。
俺の方はやっと会社も軌道に乗った。
収入もある。もう、親のスネかじりじゃない。


…迎えにきた。俺の側にいてくれないか」


恵は目を大きく見開き、ヒロを見上げた。

ずっと待っていた瞬間だった。

だが、湧き上がる喜びと同時に、恵の中に溜まっていた不満も溢れ出してくる。

「ヒロ。
勝手に校長に頼んだでしょう、東京での私の受け入れ先」

「さっき聞いて来た。
栄華女学院、だってなぁ。いい学校だよ、古いけど。
あそこに通ってた女の子と付き合ったことあったけど、とにかく真面目でさ、手も握らせてくれなかったっけ」

ヒロの言葉に恵のイライラが爆発した。

「そんなこと聞いてない!
どうして。
どうして、私に一言の相談なしに、そんな事したの?
私、あなたが迎えに来たら、教師を辞める覚悟でいたのに」

「どうしてって、それはこっちが聞きたいよ。
メグ、教師は君の夢だろ?
あんなに生徒に慕われて…それとも、もう高校教師が嫌になった?そんなはずないよな。
メグにとって、教師は天職だもんな」

ヒロにとって、自分はまだ教師なのだろうか。
教師である恵しか、考えられないのだろうか。

多分、何もわかってない。
それがもどかしい。

でも。

離れて暮らしていたのだから、仕方ない。
顔を合わせて話し合えないのだから。

恵は、胸に起きた嵐を抑えながら思う。

「ヒロ、私、欲張りなの。
一つの夢を叶えると、また新しい夢を見たくなる。
教師になる夢はもう叶えた。その上、七年間もやらせてもらった。充分よ。

私には、新しい夢があるの」

「新しい、夢?」

恵は大きくうなづいた。

「私の新しい夢は、丹下広宗の側にいて、彼を支えること。
彼の子供を産み育てて、幸せ溢れる家庭を作ること。
丹下広宗は、きっとこれからもどんどん大きくなる。
その彼と共に生きていこうとするなら、教師という仕事と両立は出来ないから」

恵の言葉にヒロは心打たれ、居ても立っても居られず、彼女の体をかき抱く。

「いいの?それで。
本当に、後悔しない?」

「当たり前でしょ?
私にしか出来ないことをしようとしてるんだから、ワクワクするわ。
ヒロ。
これからは、一緒に頑張ろ?」

「やっと。
やっと、俺を一人前だって認めてくれた。

俺、ずっとメグに手を引かれて走ってきたんだ。
メグが未来を指し示してくれて、俺は貴女の背中に追いつきたくて、その手を離すまいとがむしゃらに走ってきた。

それが…これからは、一緒に走れるのか。

嬉しいなぁ。
俺がめげそうになったら、一番近くで励まして?
俺が頑張って結果を出したら、一番近くで褒めて?
いつも、一番近くにいて」

「もちろん。
ヒロ。
私にとって、あなたはやっぱり最高の男よ」

背骨がきしみそうなほどに強く抱きしめ合う。
二人の心は一つ。
ようやく結ばれた喜びを噛み締めあった…




END
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