お宿の看板娘でしたが、王妃様の毒見係はじめます。

「おそらく、あの料理人は望めば素晴らしい地位を手に入れることができる。……だが、しないだろうな」

「……お知り合いで?」

向けられた問いに、ザックは答えずに口もとを緩めた。
例え地位があろうとも、ザックにはウィストン伯爵よりもレイモンドの方が信用できるし、力を貸すにふさわしい相手だと思える。それは彼のひたむきさや誠実さがもたらす力だ。

「ウィストン伯爵。人を動かすには何が必要だと思う?」

ザックはフォークを皿に戻した。ウィストン伯爵の笑顔がこわばる。

「力……ですか? 権力とか身分とかそういう?」

「それもないとは言わない。……だが、最も大切なことは情熱なんじゃないかと、俺は最近思うようになった。強く願う心がない人間に、誰が従う? 理想も覇気もない人間に、誰が自分を賭けようって思える? この国が今一つにまとまらないのは、それが理由だと俺は思う」

「……アイザック殿下?」

「君にも同じことが言えると思うよ。君は本当に婚約者を愛しているのか? オードリー・オルコットという個人を本気で見つめているのか?」

「なにを」

戸惑うウィストン伯爵に、アイザックは指を突きつける。

「ここの料理人はレイモンド・ネルソン。オードリー・オルコットと将来を誓い合った仲そうだ。彼女を取り戻すために、彼はこの王都までやって来た。その情熱に、今の君が勝てるとは思えない」

「……は?」

ウィストン伯爵が青ざめる。と、室内は急にざわめき立った。

「どうやら料理人の登場だ」

テラスの向こう側。白の調理服を着た男性が現れる。レイモンドだ。
オードリーが感極まったように口元をおさえるのが、ザックからも見えた。
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