夜をこえて朝を想う
だけど、幸せな筈の梓はパニックを通り越して…疲れているようにも見えた。

吉良くんには、他に本命がいるんじゃないか。

吉良くんには、他にも彼女がいるんじゃないか。

本気じゃない。

私になんて。

すぐに飽きられる。

経験がないから。

大丈夫、そんな人じゃないよ。

梓を見る目、優しいよ。

梓も、優しい彼を好きになったんでしょう?

何度諭しても、また同じ事を言った。

こんなんだと、吉良くんもしんどくなるだろう。

梓は、吉良くんから連絡があると直ぐに出かけて行った。最優先で。

そんなに好きなら…

実際、梓は大切にしてもらっていた。

梓が心配しているような事もなく。

二人で旅行に行ったりもしていた。

お互い社会人になって、忙しくはしていたけれど。

だけど、幸せよりも、不安が勝る梓は…次第に様子がおかしくなっていった。

就職のストレスも重なったのかもしれない。

ブラック気味の企業だったから。

きっと、吉良くんも梓に大して…男慣れしていないのは分かっていただろうし、二人の事だし。

私は、梓側から話を聞くくらいしか出来なかった。

吉良くんと、梓が付き合って半年程経った頃

梓から電話があった。

…無言。

何か、様子がおかしい。

直ぐに梓の家へ向かった。

一点を見つめたまま動かない梓の姿が、そこにあった。

「ごめ…みな…」

小さな子供が泣くように、声を張り上げて

泣き出した。

ただ、抱き締めて…背中を擦った。

泣き終わると、またボーッとして

また泣き出した。

その日はそのまま…梓に付き合った。

終わったのだと、その時に、吉良くんとの関係が終わったのだと悟った。

こんな風に、ここまでになるほど好きになれるものなのだろうか。

怖いくらいだった。

人格を失うほどに、恋い焦がれた梓は。

吉良くんも…こういうのが辛かったのかもしれない。

とてもじゃないけど、責められない。

そのまま眠った梓。

何度も握っては、置いた、携帯電話は

電話帳の吉良くんのアドレスが開かれたままだった。

いつか、必要になるかもしれない。

私はそのページをメモした。

単純に、梓の為に。

それから、梓は仕事も辞めて、吉良くんの思い出がある家を引っ越し、心療内科にも通い出した。

< 12 / 146 >

この作品をシェア

pagetop