元社長秘書ですがクビにされたので、異世界でバリキャリ宰相めざします!【番外編】
ゾフィーはツグミをたかが個人の秘書などという小さな枠に収めたりしない。一度は自分の手から飛び発たせ、新しい時代の舞台に立たせるために成長させようと目論んでいる。

そしてもちろん、ツグミも彼女と同じ未来を見ていた。大公妃秘書官長という破格の待遇の職を辞め、今は新人外交官として昼夜問わず公務に尽力している。

そうしてこのたび、ツグミの初めての外交が決まった。行き先はイギリス。使節外交団のひとりとして、明日オーストリアを発つ。

海外に行くのは初めてではないが、外交官として行くのは初めてだ。その責任と新たな立場から見えるだろう異国の姿に、胸が弾む。

半年にわたる長期出張だ。荷物をまとめ、国内での業務の引継ぎをし、各所に挨拶をしに行く。ここ一週間ほどその準備に追われてきたが、最後にゾフィーに出発の挨拶をして宮廷でやるべきことは終了した。

しかしツグミはまたバタバタと廊下を走っていく。

「いそがなくっちゃ。私が主役のパーティーなのに遅れたら、さすがに申し訳が立たない!」

宮廷でのあいさつが済んでも、社交界でのあいさつがまだ残っている。今夜はメッテルニヒ邸でツグミのための壮行会が開かれるのであった。

主催はツグミの夫であり、現宰相であるクレメンス・フォン・メッテルニヒ。ウィーンの社交界で彼以上に顔が広く人との繋がりを持っている者はいないだろう。

彼は妻の前途を祝うために、特に親しい友人知人らを招いて盛大な晩餐会を開いてくれるという。開催は十八時から。そろそろ屋敷に客人も集まり始める頃だろう。

ツグミは回廊から沈み始めている夕陽を遠目に見つつ、焦りながらホーフブルク宮殿を駆け抜けていった。


ウィーン、レンヴェーク通りにある広大な敷地を有する邸宅。メッテルニヒ邸の前には続々と高級馬車が停まり、着飾った客人たちが中へ吸い込まれていく。

「本日は我が妻のためにお集まりいただき感謝いたします」とグラスを片手に挨拶するのは、オーストリアが誇る美貌の宰相、メッテルニヒだ。ツグミもその隣に立ち、グラスを持って微笑んでいる。

メッテルニヒの広い交友関係から厳選し招かれた客たちは上位の役人や名門の貴族に留まらず、外国からわざわざ来てくれた者もいる。彼と殊更親しいロスチャイルド家の親類も出席していた。

メッテルニヒはパーティーが好きだ。今回の壮行会もツグミの外遊が決まると同時に、すぐに準備を進めてくれた。

貴族とは華やかな催しが好きだという理由もあるだろうけれど、彼は社交界こそが政治を動かす場だと捉えている。それはまさに『会議は踊る、されど進まず』で有名なウィーン会議がいい例だろう。

『進まず』とは一見すると呆れ混じりに聞こえる名言ではあるが、実際のところは、ウィーン会議中に開かれた夜会でオーストリアは各国との調整に成功している。

会議の場には大国の代表者しか参加できない。しかしウィーンには小国やら連邦国家やら軍の代表団、地方委員会等々、様々な代表者が集っている。そういった者らの話に耳を傾け、また情報を共有する場として、連日連夜の夜会は必要だったのだ。

ツグミもメッテルニヒの秘書官になってから、パーティーの重要性というものを知った。ある意味、形だけの会談より本音で深い話の出来る夜会の方が外交の要であることも多い。

そんな学びを得たツグミに、今夜の夜会はメッテルニヒから……師から弟子への、最後の教授のようであった。
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