元社長秘書ですがクビにされたので、異世界でバリキャリ宰相めざします!【番外編】
晩餐会は和気あいあいと進み、客たちは皆、ツグミの活躍を祈る言葉を次々と贈ってくれる。

ツグミはそれに感謝を籠めて答えながら、隣に座るメッテルニヒをチラリと見た。

誰より社交術に長けている彼は客人たちとにこやかに、そつなく会話をこなす。その会話の中で夫婦の話題にふれられるとき、ツグミは微かに申し訳ない気持ちになった。

今日も今日とてツグミの格好は男性用の三つ揃いである。ドレスを着るべきか迷ったが、外交官としての旅立ちを祝す会なのだから、外交官としての格好で出席しようと決めた。

しかしメッテルニヒの顔を立てるのなら、やはりドレスにすべきだったかもしれないと、少し後悔も湧く。

(メッテルニヒ様にはいつもそうだったな)

成り行き上の結婚とはいえヨーロッパ一の美男子宰相の妻になったというのに、ツグミは彼の妻らしいことは何ひとつしてこなかった。

自分から愛の言葉を贈ったこともなければ、なんと未だにベッドを共にしていない。体がひとつでは足りないほど毎日多忙なのに、今ここで妊娠するわけにはいかないという思いからだった。アウトサイダーとして時間が永遠にあるので焦らなくてもいいという甘えもある。

ツグミはメッテルニヒが可哀想だと他人事のように思う。完全無欠の彼が「妻に逃げ回られている」と社交界でこっそり笑われているのを聞いて、もし自分が当人でなかったならその妻を叱責してやりたいとも思う。しかし残念なことにメッテルニヒに恥を掻かせているのは自分なのだから、どうしようもない。

今でこそヨーロッパの未来をかけて反目し合うライバルではあるが、ツグミはメッテルニヒのことを異性として好きだし、やはり政治に関しては偉大な師として尊敬している。

人間の関係とは単純ではない。政治上反目し合っていたって、友情も恋も師弟も成り立つのが当然なのだ。

(お客様が帰ったら、今夜はふたりでゆっくり話でもしようかな。それで、キスぐらいなら……いやでも明日早いし。それに寝る前に作っておきたい書類もあるし)

夢と恋、仕事と夫婦、自分らしさと妻としての義務。そんな葛藤を心の中に密かに抱えながら、ツグミはウィーン最後の夜となる晩餐会を楽しんだ。


メッテルニヒ邸自慢の料理人が腕を振るったウィーン料理に客たちは舌鼓を打ち、デザートとコンポートも済み最後のケーキが出される時間となった。

今夜のメニューもメッテルニヒがすべて請け負ってくれた。彼が厳選した食材から調理法にまでこだわった素晴らしい料理の数々に、ツグミも客たちも満足している。

そんな中、給仕係が最後のケーキを運んできて、テーブルへと皿を置く。

ひとりの年若い調理人が部屋へ入ってきて、メッテルニヒは彼の肩を抱いて皆に紹介した。
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