迷惑なんて思ってないよ
私が見たあの日の風景は、まだ完全に引いていない時だった。津波ではなく洪水にでもなったかのように一階の半分、大人でも顔が出る人と出ない人が別れるくらいの高さの時だった。
あの日はまだ小さな体だった私は町へ通すまいとする大人の間をすり抜けて町を見てしまった。そこには全く動かない人々が物に引っ掛かって浮かんでいたり、波で沈んでいったり。言葉が話せなくなるくらい残酷で衝撃的な風景がそこにはあった。町を出る前に話をした近所のおばさんが屋根の上で亡くなっていたり、前日まで一緒に学校へ行っていた友達の名前が書かれた文房具が足元に流れ着いたり。
喋れなくならなかった事や引きこもりがちにならなかった事が奇跡だとも言われた。中には泣かずに笑う私を見て子供の姿をした悪魔だと呼ぶ人もいた。
私はその日の事を思い出して厠へ走った。その日の事を思い出すと今でも吐き気がする。
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