恋のレッスンは甘い手ほどき
貴也さんの弟はイタリアンシェフだったのか。
そういえば、兄弟のこととか何も聞いたことがなかった。でも確か、茉莉さんは弟さんと同い年だと前に言っていたっけ。
それだけだ。家族の話とかしたことない。
「初めまして、滝本鈴音と申します」
驚きを隠せないまま挨拶をすると、優也さんは優しげな笑顔を向けてくれた。
「兄貴も彼女を連れてくるならそう言ってくれれば良かったのに」
「サプライズだよ。あぁ、彼女もうちの会社の調理師なんだ」
それを聞いて「そうなの?」と嬉しそうに目を輝かせてくる。
「じゃぁ、ぜひ詳しく感想を聞きたいな。なんなら新作メニューの試食とかしてアドバイスを貰いたいくらい」
「いえいえ! 私なんて全然です。お役に立てるかすらわかりませんし」
慌てて首を振る。
店を持つほどの立派なイタリアンシェフにそんなことを言ってもらえるだけで恐縮だ。
「いらっしゃいませ」
そう聞こえて店の扉が開いたため優也さんが目を向けると「あ……」と困った顔をした。
なんだろうと振り返ると、そこには茉莉さんが立っていた。
その姿に胸がチクンとなる。
どうしてここに……。
「あ、貴ちゃん。来てたの?」
貴也さんを見つけると嬉しそうに寄って来た。
「茉莉こそ。良く来るのか? ここに」
「たまにね。優ちゃんに貢献しているの」
「茉莉、席に案内するから」
優也さんは私に気を遣ったのか、そそくさと少し離れた席に案内しようとする。
しかし、茉莉さんは可愛らしく口を尖らせた。
「ええ~、私もここじゃだめ?」
首を傾げて、可愛らしく貴也さんに聞く。
「好きにすれば。俺たちはもう帰るから」
貴也さんは特に相手にもせずに立ち上がった。
「え、もう帰るの? もう少しゆっくりすればいいじゃない。ねぇ、滝本さんもそう思うわよね?」
「え?」
急に話を振られて目を丸くする。
茉莉さんにはやや目力強めにみられるし、貴也さんはどこか面倒そうにしている。
「ね?」
「あ、はい……」
やや押し切られるように頷いてしまった。
「ほら! いいって」
茉莉さんは嬉しそうに席につくと、貴也さんはため息をついた。
「優ちゃん、私これにする」
「……かしこまりました」
優也さんはチラッと私を見たあと、厨房に戻っていく。
私は静かに紅茶をすすった。
すると、茉莉さんは私をマジマジと見て「あっ」と指輪を指差した。
「可愛い指輪! 貴ちゃんに買って貰ったの?」
「あ、はい」
「いいなぁ。私も欲しい~」
そう言って頬杖をつきながら貴也さんを見上げる。
上目遣いか。あからさまにしている人を見るのは初めてだな、なんて冷静に思う。