悪役令嬢、乙女ゲームを支配する
「違います。目の前にいる綺麗なお嬢さん。あなたです」
「……は?」
「なーんてね。ちょっとキザだった? 突然ごめんね。通りを歩いていたら、すごく綺麗な花とお嬢さんを見つけちゃったからつい」
ぽかんとするあたしを見て、男性は笑いながらあたしに話しかける。さっきまでかっこよくて紳士的に見えたのに……ただのナンパ男だったとは。
「申し訳ありませんが、あたしは売り物ではありませんので」
「あっ! ちょ、ちょっと待ってよ」
ふいっとナンパ男から顔を背け、その場から去ろうとすると、男は慌てながらあたしを呼び止める。
「なんですか。花を見る気も買う気もないなら帰ってください。仕事の邪魔になるので」
「……ごめん。僕のせいで君を怒らせたみたいだな。もちろん、君を売り物だと思ってたわけじゃない。少し話をしてみたくて……あと、花を買う気ならあるよ」
ナンパ男は申し訳なさそうな顔をしてあたしに言うと、ポケットからコインを取り出した。
――どうせ、花なんて興味もないくせに。まぁ、店の売り上げになるからいいけど。
「どういう花をお探しで?」
「うーん。そうだな。今日は君のおすすめの花をもらおう」
やっぱり、名前もとくに浮かばないほど、花の知識がないのね。そう思いながら、あたしはナンパ男に赤いグラジオラスを包んで渡した。
ナンパ男はお金を払い、あたしから〝おすすめ〟として渡されたグラジオラスをじっと見つめた後、小さな声で呟く。
「……なるほど」
「え?」
「赤いグラジオラスの花言葉は〝堅個〟と〝用心〟。……次に君に会ったときは、君の僕に対する警戒心が解けることを願うよ」
その言葉を聞いてあたしは驚く。なにも言っていないのに、花の名前も花言葉もすぐに出てくるなんて思わなかった。
「僕の名前はサム。君は?」
「……ラナ」
「ラナ。素敵な名前だ。じゃあ、また来るよ」
ナンパ男――サムは笑顔で手を振ると、オレンジ色の髪を揺らしながら、颯爽とその場を去っていった。