彼女を10日でオトします
「忘れることができない?」

 相変わらず、どこまでが本気でどこからが冗談かわからない。
 またしても、聞き返す私。オウムになった気分だわ。

「そう」

 たすくさんは、一言だけそういうと、テーブルの上に転がったままになっているたまねぎをひとつ手にとって、作業代に置いた。

 台所の棚の扉という扉、引き出しという引き出しを開けては閉める、という動作を片っ端からやっているたすくさんの背中をぼんやりと眺めて思う。

 一体、どういう事なのかしら。

 興味の無いこと(特に人の名前とか顔とか)を忘れてしまうことが特技のような私にとって、それはよくわからないことで。

 忘れることができない、ということは、おそらく、全て記憶してしまうってことなのでしょう。

 羨ましいとは思うけれど……。

「それが本当だとすると、やっかいな特技ね」

 口に出してしまってから、はっとした。

 たすくさんは、私がやりっぱなしにしていたまな板を洗う手を止めて、振り返った。
 見開いた瞳が真っ直ぐ、私に向けられる。

 出しっぱなしの水道から、水が勢いよく流れ続ける。

 ああ、どうして私はこう……言っていいこととそうじゃないことを瞬時に区別できないのかしら……。

「ご、ごめんなさい……考え無しな意見だったわね」

 私の声は、宙に浮いたまま水流の音にかき消されて、たすくさんには、届かなかったのだろうか。

 たすくさんは、大きく開けたままの瞳で私をじっと見つめる。

「あ、ああ……。びっくりしたあ。
そんなこと言われたの初めてだったから、頭の中で五回も反芻しちゃったよ」

 たすくさんは、何事も無かったかのようににっこりと笑い、シングルレバーを手の甲で押し下げて、水を止めた。

 
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