彼女を10日でオトします
 暗闇の向こうには、揺れる明かりが数個。蝋燭蝋ををたいているみたい。

「閉めて」

 暗闇の向こうから声が聞こえた。優しいアルト。

「閉めて」

 今度は力がこもっている。
 俺は慌てて、後ろ手でドアを閉めた。

 ようやく目が慣れて目を凝らすと、蝋燭の優しい灯りの向こうに白い顔が見えた。

「どうぞ」

 落ち着いた響き。俺は、足元に置いてある丸椅子に腰をかけた。
 目が慣れれば、そこまで暗くない。

 さあて。この声の主はどんな奴なんだ? 簡素な机を挟んだ向こう側を凝視する。

 息ができなくなった。

 ゆるくウエーブのかかった真っ黒い髪。
 その髪と同化する、真っ黒いドレス。大胆にあいた胸元の素肌を隠す黒いレース。
 
 ほろほろと揺れ動く光に照らされた真っ白い頬、真っ赤な唇。

 美女。信じられない。こんな女が世の中にいるなんて。あどけなさの残した目元と、妖艶の極みを感じさせる唇。大人と子供が共存して。

 目の前の彼女は、白と黒と赤だけで構成されていた。

 そして、何よりまっすぐ俺を射抜く力強い瞳。見つめられたままの視線を、鏡のように反射させているだけで精一杯。目をそらせない。

 いい加減苦しさの限界に気づいた俺は、吸ったまま忘れていた息を強く吐いた。

「……みえない」

 彼女はそう呟くと同時に、綺麗な形の眉が歪めた。

「あっ……」

 俺の口から思わず声が漏れた。
 直線的な視線を俺に向けたままの瞳から、ぽろ、ぽろ、と珠になって――涙がこぼれ落ちたから。

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