オトナだから愛せない
「いえ、スーツも何着も見て貴方様に似合うものを選んでおられたので微笑ましかったです。大好きなんだと思いますよ貴方のことが」
改めて、しかも他人に言われて、そう見えることが、無性に嬉しかった。単純な自分。
先ほどの胡桃の表情が、脳裏に過った。暗証番号を打つ手が自然と止まる。
「あの、すみません、お会計もう一点増やしてもいいですか?」
「はい、勿論で御座います」
俺が言うと、店員はにっこりと満面の笑みを浮かべて、俺はなにも言っていないのに「お持ちしますね」と、言葉を続けた。
「あ、あの、あの子には言わないでもらっていいですか?」
「かしこまりました。気付かれぬようにお待ちします。少々お待ち下さいませ」
しばらくして、店員は細長い箱を持って戻ってきた。俺はその中身を確認してスーツと一緒にお会計を終えた。
「では1週間後お待ちしております。有難う御座いました」
「お願いします。胡桃帰るぞ」
「はーい」
直しが必要なスーツは預け、先ほどの店員に入り口で見送られ手ぶらでスーツショップを後にした。