オトナだから愛せない
《お仕事なら仕方ないね。頑張ってね皐月くん》
「……」
バカだななんて思うけれど、本気でバカなのは多分俺だ。
机の上に積まれた紙の山に視線を向ける。これは来週まで、こっちは明後日まで、これは金曜まで。
スマホを耳と肩の間で挟みながら納期別で仕分けてみた。
先詰してやっておこうと思っていたものの、結果なにも今日でなければいけないものは見当たらなかった。
《じゃあね、皐月く》
「なに勝手に切ろうとしてるわけ?」
《え、だってお仕事の邪魔かなと思って》
「嘘だよ、今から帰るところ」
《え、でも残って仕事って》
「そんなの、胡桃のことちょっとからかっただけだろ」
《最低だよ、皐月くん》
「なんだよ、本当は嬉しいくせに」
《うん、嬉しい》
「(嬉しいのは、どっちだよ)」
胡桃の声が電話の第一声の時と同じ弾けた声に戻った。
《じゃあ、帰ってきたら一緒にカップケーキ食べよ!》
「その前に飯食わせろよ」
《あ、私今日カレー作って残ってるよ》
「じゃあ1時間後、温めといて」
《はーい!》
電話を切って、必要なものを鞄に詰める。資料はとりあえず机の上に納期順に重ねて置き去りにした。
声を聞いただけでこの様だ。
「(一刻も早く、帰ろう)」
