15年目の小さな試練
 沙代さんが来るのかと思って、七号棟の前で待っていたら、黒塗りの大きな車の中から出てきたのはハルちゃんのお母さんだった。

「おばさん! 今日、お休みだったんですね」

「昨日、夜勤だったから。連絡ありがとうね。案内してくれる?」

「はい。こっちです」

「陽菜、吐いてるって?」

「はい、苦しそうに何回も……」

「そっか」

 難しい顔をしているおばさんを先導して医務室へと向かう。その固い表情が気にかかる。

「こんにちは。娘がお世話になってます。陽菜の母です」

 おばさんは軽くノックすると返事を待たずに医務室に入っていった。

「え、響子先生?」

「あれ? もしかして、村瀬くん? 久しぶりだね!」

 なんと、医務室の先生はおばさんと知り合いらしかった。
 だけど、おばさんはすぐに我に返ると、先生とそれ以上話すこともなく、ハルちゃんの元へと足早に移動した。

「陽菜、お待たせ」

 先生がスッと場所を譲った。

「……え? ……ママ?」

 ハルちゃんはおばさんの声を聞くと、肩で息をしながらも、目を開けておばさんを見た。

「しゃべらなくていいよ。苦しかったね」

 それから、おばさんは先生に声をかける。

「嘔吐は?」

「胃液まで吐ききって、少し前に治まりました」

 ああ、だから、酸素マスクが固定されているのか。あのヒドい状態が治まったのなら、本当に良かった。

「なら、移動させても良いかな」

 おばさんはハルちゃんに言う。

「陽菜、病院行こうか?」
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