15年目の小さな試練
 山野先生の悲痛な叫びは無視し、久保田教授はハルちゃんの方に身体ごと向き直った。

「牧村さん、山野先生に変わってお詫びします」

 深々と頭を下げる久保田教授に、ハルちゃんは慌てて立ち上がる。

「先生、やめてください!」

「身体は大丈夫かい? 気付かなくて、本当にすまなかったね」

「いえ、……あの」

「とにかく、ここを出ようか」

 久保田教授に手を差し伸べられて、ハルちゃんは一瞬ためらった後、その手を取った。

 まるでハルちゃんをエスコートするようにして、久保田教授は山野先生の研究室から出た。俺はその背後を守るように歩き、ドアを閉める時に一度だけ後ろを振り返った。

 山野先生は呆然自失といった様子で立ち尽くしていた。




「ハル!」

 部屋を出た瞬間、叶太がハルちゃんに駆け寄ってきた。

 外で待っていたのか。

 ……って、当たり前か。久保田教授と一緒に山野先生の部屋に入って来なかっただけ、まだ冷静だったのだろうけど、多分、相当やきもきしていたのだろう。

「大丈夫?」

 心配そうな顔で、ハルちゃんの顔を覗き見る。

 ハルちゃんの隣にいる久保田教授なんて、まるっきり無視。いや、無視というより、その存在にすら気付いていない感じ。

 ハルちゃんがホッと安堵のため息を漏らし、久保田教授はハルちゃんの手をそっと放した。
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