15年目の小さな試練
「とりあえず、うちの部屋に来るかい?」

 久保田教授の言葉はありがたいけど、山野先生の動向が気になる。

 今はまだ呆然としているだろうが、しばらくして我に返ったら、真っ先に久保田教授のところに来る気がする。

「いえ、山野先生が訪ねてくる気がしますし、今日は失礼します」

「ああそうか、確かに……」

 久保田教授は眉をひそめて、山野先生の部屋の方を振り返った。

「じゃあ、ハル、帰ろうか。車はもう来てるから」

 叶太はハルちゃんの肩を抱いて、ハルちゃんを連れて行こうとしたけど、ハルちゃんがそれを慌てて止めた。

「ちょっと待って?」

 ハルちゃんは叶太の腕から抜け出し、久保田教授の方に向き直った。

 そして、

「ありがとうございました」

 と、久保田教授に深く頭を下げた。

 深く長い礼に、ハルちゃんの気持ちが込められているような気がして、何だか切なかった。

 人と争うなんて考えた事もなさそうな口下手なハルちゃんが、悩んだ末に選んだ山野先生との会話。

 だけど、ハルちゃんがどんなに言葉を尽くしても、山野先生の心に届くことはなかった。

 半面、ハルちゃんが知りたがっていた、山野先生の心の内側は怖いくらいにあらわになった。見えた内面は、ハルちゃんにはツラいだけのものだったけど……。

 今、ハルちゃんは何を想っているのだろう?
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