異世界ニコニコ料理番~トリップしたのでお弁当屋を開店します~
「それでやさぐれちゃってるんですか、バルドさん」
「いや……今日は自分の行く先について悩んでいた。俺はもともと、ローレンツ伯爵家の長男でな。本来であれば家督を継がねばならないのだが、社交界でダンス、パーティーに参加して貴族同士の交流を図る……そういう世界が肌に合わなかった」
視線をテーブルに落とし、思いつめた様子で語りだすバルドさんの話に私は相槌を挟むことなく耳を傾ける。
「無理を言って弟にローレンツ家を継がせ、騎士の道に進んだ俺を皆は異端児だと軽蔑していたな。だから、皆に認めてほしい一心で騎士団長まで上り詰めたんだが……」
バルドさんは自身の右目に縦に刻まれた傷跡を指先でなぞると、寂しげに瞳を陰らせる。
「昔負ったこの傷のせいで、効き目だった右目の視力が年々落ちてきている。今はぼんやりとしか、物を見ることが叶わん」
「えっ、全然気づきませんでした……」
「そういう素振りは見せないようにしていたからな。だがいずれ、これまでのように剣を振るうことはできなくなるだろう。そうなれば、陛下にも仲間にも面目が立たない。だから、身の振り方を考えてはいるんだが……伯爵家に戻る自分も想像できん」
バルドさんは人生の節目に立っているのかもしれない。
できることなら騎士として生きていきたいのだろうけれど、最高のパフォーマンスができないくらいなら引退するべきだと考えているのだと思う。
私はなにを言えばいいのか悩んだ末に、やっぱり答えなど出ないので素直な気持ちをそのまま伝えることにした。