異世界ニコニコ料理番~トリップしたのでお弁当屋を開店します~
「ぼーっとしてると、危ないよ」
強く腕を引かれたと思った瞬間、私のすぐ横を馬車が通り過ぎていく。
目を瞬かせながら顔を上げると、エドガーさんが肩をすくめつつ手を放した。
「助けてくれて、ありがとう」
「どういたしまして。あ、そうだ。こっちに来て」
エドガーは私を振り返りつつ、道の途中にあった広場の中央に向かって歩いていく。
そのあとを追うと、手押しポンプの前にしゃがみ込んで私の腕をやんわりと掴み、水をかけてくれた。
「怪我してるでしょ、あと膝も洗おう」
あ……森で転んだんだっけ、忘れてた。
擦り傷のことを思い出すと、腕と膝がひりひりと痛み出す。
「えっと、拭くもの拭くもの……あった!」
白衣のポケットを漁っていたエドガーさんが取り出したのは、しわしわでうっすら黄色い年季が入ったハンカチ。
エドガーさんは「あ」と呟き、二人でそのハンカチを見つめながら、しばしの沈黙が落ちる。
探してもらっといて失礼だとは思うけれど、エドガーさんのハンカチで傷口を拭いたら、バイ菌が入りそうだったので、念のため確認する。
「……えっと、そのハンカチは……最後に洗ったのいつ?」
「うーん、一昨日? いや、一ヶ月……」
「し、自然乾燥にしようと思う。うん、それがいいと思う!」
押し切るように言った私は勢いよく立ち上がって、エドガーさんに頭を下げる。
「手当てしてくれて、ありがとう」
「いや、俺はただ傷を洗っただけで……」
「だけ、じゃないよ。エドガーさんが私の傷に気づいてくれなかったら、もっと悪化してたかもしれないんだし、ありがとう」
笑顔を向ければ、エドガーさんは目をぱちくりさせて、フリーズしていた。
私は首を傾げながら、しゃがんだままのエドガーさんの顔を覗き込む。
「どうしたの?」
「あ、いや……なんでもないよ。この先に野菜から肉まで、品揃えのいいお店があるんだ。い、行こう」
エドガーさんは早口でそう言うと、立ち上がる。
ふたりで広場を離れると、どこか落ち着かない様子で眼鏡を何度も直しているエドガーさんに尋ねる。
「エドガーさんはこの町に詳しいの?」
「生まれはフェルネマータなんだけど、ちょっと色々あってあの森に住んでるんだ」
歯切れの悪いエドガーさんをじっと見つめる。
すると、エドガーさんは視線を彷徨わせながら髪を触ったり、白衣を握りしめたりと落ち着かない。
これでは疑ってくれと言っているようなものだ。
挙動不審な彼に、私は思わず顔を引き攣らせる。
町までついて来てくれたし、今も助けてくれた。
悪い人ではないとは思うけれど、おどおどしているところが怪しい。
私は居心地悪そうにしているエドガーさんに、助け舟を出すように話題を変える。