ぜ、ん、ま、い、と、あ、た、し
「……どういうことだ?」とゴローが零す。

「さあ、あたしもその時は……。でも、今思い返せば、確かに犬の首輪にはゴローというカタカナが書かれてありました」

ルークが円卓を代表したように発問する。

「それってさ、もしかして黒谷が見たのは、ゴローの奪われた記憶なんじゃねえの?」

シノブが首を伸ばし、ゴローを窺う。

「ゴローって、犬の名前だったの?」

「いや、覚えてないが。でも、あー……」

ゴローは言葉尻を濁し、頭を抱えてしまった。ナオヤがワントーン声を落とす。

「もしや、記憶が奪われ掛かった時に、創手に蓄積していた記憶の一部が黒谷に流れ込んだのでは……」

「そう、なんでしょうか」

あたしは自信なく爪を噛む。自分の発言が皆に波紋を呼んでいることに、若干たじろいでいた。

「他に何か見なかったか? その、記憶っぽい何か」

ルークが身をぐいっと乗り出す。

あたしは手首の内側で、額の生え際を押さえる。しかし考えようとすればするほど、記憶に濃霧が発生したかのように霞んでいく。

大事なことなのに、もどかしい。

「すみません、はっきり覚えているのはそれくらいしか……。でも、そう言えば――」

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