ぜ、ん、ま、い、と、あ、た、し
ナオヤがぜんまいを巻いてもらいたがっている。
顔色を見て、何となく区別がつくようになった。
日を追うごとに虹彩の色が薄くなっていくし、物欲しそうにしているからだ。
「巻きましょうか?」
リビングに皆がいる時に、気を利かせて提案してみた。
皆して「ええっ?!」という顔をした。
あたしは何か間違ったことを言ったようだと推察する。
「ちょっと」とナオヤに人気のない部屋に牽引された。彼は咳払いをする。
「あんたは他人の前で平気でパンツを下ろせるタイプの人間なのか?」
「は?」
ナオヤは真顔だった。あたしも真面目に答える。
「いいえ」
「じゃあ、人前ではああいうことはもう言うな」
「分かりました」と心得る。
ぜんまいを巻くというのはとてもプライベートな行為らしい。
「あの、巻きますか?」
ついでのように訊く。彼はしばらく黙っていたが、「頼む」と不貞腐れたように言った。
ぜんまいを臨界点まで巻いてやると、ナオヤは満腹でお腹がはち切れそうになっていた時に、ベルトを外した瞬間みたいな溜息を吐いた。
巻かれると一体どんな感じがするのか。あたしには想像もつかない。