その瞳に涙 ― 冷たい上司と年下の部下 ―



顔をしかめていると、広沢くんが私を見つめて少し目を細めた。


「碓氷さんのいつもと違った顔見れて、結構新鮮でした。会社でも、もうちょっといろんな表情見せたらいいのに」

「会社でそんなにころころ表情変えてたら仕事にならないわよ。そう簡単に私情で心を乱されたりしないのよ、おばさんだから」

嫌味っぽくそう返したら、広沢くんが私の隣で吹き出した。

それから、手のひらで額を押さえてクスクスといつまでも楽しそうに笑う。


「もういいでしょう?乃々香を追いかけないと」

いつまでも笑い止まない広沢くんを呆れ顔で一瞥して、先を走る乃々香に視線を向ける。

ほっといて歩き出そうとしたら、ようやく笑うのをやめた彼が私の腕をつかんだ。


「碓氷さん、やっぱりダメです」

「何が?」

「会社では今までどおりでいいと思います」

「当たり前でしょう?」

引き止めて訳のわからないことを言う広沢くんを、冷めた目で見返す。


「もし碓氷さんがいろんな表情見せたら、会社の他のやつらも碓氷さんの魅力に気付いちゃうんで。今日見た碓氷さんは、俺だけの秘密にしときます」

広沢くんが唇に人差し指をあてて、不敵に笑む。

午後の日の光に照らされた彼の表情と仕草はとても蠱惑的で。

私の意志とは裏腹に心が揺れた。


「何言ってるのよ」

自分の中に生まれた心の揺れを認めたくなくて、広沢くんから視線をそらす。

腕を振り払って乃々香を追いかける私のあとを、広沢くんがゆっくりとついてくる。

背中にその気配を感じながら、いつまでも妙に落ち着かなかった。



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