極上御曹司のヘタレな盲愛
そんな3人と、会社のエントランスをくぐった。
ああ…消え入りたい…。

「じゃあ…私はこれで…」
そそくさと階段室の方に行こうとする私の後ろから…。

「「じゃあ俺も…」」

大河と高橋君の声がしたので私は足を止めて振り返り…「来ないで!」と短く叫ぶと、走って階段室に駆け込んだ。

「ふう…」
朝からドッと疲れた…。
会社の人がいっぱい見てたな…。
どうしよう…。

4階の更衣室まで階段を上る足が重い…。
いつもよりゆっくり階段を上る。

ああ嫌だ…開けたくない!

そう思いながら更衣室のドアをそっと開けると、ザワザワしていた室内がシンと静まった。

いつもより人が多い…。
うう…嫌な空気…。

我が社では…総合職の女性社員は私服だが、一般事務職の女子は制服を着用する事になっている。
この4階女子更衣室は、秘書課以外の全一般事務職の女性社員ロッカーがあり、かなり広いのだが…。いつもなら着替えると早々に部署に散っていく人達が、今日はそこかしこで固まりお喋りをしていたようだ。

私が自分のロッカーに向かって歩くと、痛い程の視線を感じた。
やっぱりさっきの会社前での事が噂になっているのだろう…。

私は憂鬱な心を隠し、自分のロッカーに着いて制服に着替え始める。

「政略結婚だって!」

どこからか鋭い声がした。
ああ、やっぱり…。

「水島課長、可哀想…」

「大好きな人を藤井課長に取られちゃったから…残った残念な方を押し付けられちゃったんだって!」

「しかも!聞いた?営業2課の高橋君と付き合ってたのに、水島課長に乗りかえたって!」

「何それ!お嬢様なら何でも許されるの?」

「許せないわよ!残念な方のクセに!」

ロッカーの列の向こう側で話しているのだが、明らかに私に聞かせようとして話しているようだ。

不思議…。
大河が私の事を『双子の残念な方』だと思った事がなく、私を子供の頃から好きだと言ってくれた事は、私に今まで全く欠けていた『自信』を少し与えてくれたみたいだ…。

私は私でいていいんだって…。

私の事をよく知らない他人が…全く根も葉もない事を言っているのを聞いても、今までと違って驚く程傷つかない。

私を知ってくれている極近くの周りの人達…。
その人達が、私を好きでいてくれればいい。
全部わかってくれていたらそれでいい。

大河が言う『覚悟』が決まったのかもしれない…。

黙々と着替えを進める。
お化粧直しは総務部フロアのお手洗いでしよう。

手早く着替え終え、小さな化粧ポーチを持ってロッカーの鍵を閉め、足早に更衣室を出ようとした。

「ちょっと待ちなさいよ!」

ドアの前で営業2課のアシスタントの人達に囲まれてしまった。

その向こうに、怖い顔をして私を睨んでいる受付チームの人達もいた。


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