どうせ神さまだけが知ってる

震える指先を何とか動かして、最後の1ページを捲り終わる。

気づけば私の目には熱いものがこみあげている。喉元が苦しくて、目頭が熱い。たったひとりの少女の絵を、これだけ描き続けるのにはきっと大きな意味があるのだろう。

詰まる言葉をなんとか紡いで、私はハヅキのほうへ顔をあげる。

色素の薄いやさしいくせ毛と、日焼けを知らない白い肌と、華奢で手足の長い立ち姿と、――その、揺らぐよわい瞳に。


「……すきなひと、いる?」


手を伸ばしてみて、初めて気が付いた。


「……すきって僕、よくわかんないです」


――嘘つき。

こんなにも心揺さぶられる絵を見たのは久しぶりだ。ただのスケッチブックに、こんなにも痛みを描ける浅井葉月はきっと、いや絶対に、神さまがつくりあげた天才なんだろう。

鉛筆の濃淡で表現できる域を完全に超えているのだ。


「これは、わたしが見てもよかった?」

「……わからない」


淡々としている。いつもと同じハヅキだ。表情を滅多に変えることはなく、何を考えているのかわからない。けれどそれは、もしかしたらいろんな感情を押し殺して、欠如してしまったのかもしれない。

だって、こんなにも、強い想いがあったこと。

ハヅキ、きみはちゃんとわかってる?


「……わからないけど、イズミ先輩だから、見せたのかも」


あ、と思った。抑えようとするより先に、あふれ出てしまった。

暖かいものが頬を流れて落ちてゆく。意味が分からない、こんな感情、自分でも説明がつかない。

けれどハヅキの絵が訴えるのだ。抱えきれないほどの痛みや後悔が、ハヅキの絵から、描かれた少女から、こちらの心臓をえぐるのだ。


「どうしてイズミ先輩が泣くの」

「わからない、でも、苦しい」

「苦しい?」

「ハヅキの絵から、いろんな感情が伝わってくるから、苦しい」


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