溺愛依存~極上御曹司は住み込み秘書を所望する~

よつば銀行へ向かう社用車を見送り、執務室に戻る。誰もいない執務室は静かで、なんとなく落ち着かない。

頼りになる広海さんが早く帰って来てくれることを願いながら、郵便物の仕分けに取りかかっていると、ドアをノックする音が聞こえた。

いったい誰が訪ねて来たのだろう、と心臓をドキドキさせて対応に出た。

「お疲れさまです」

「室長! お、お疲れさまです」

まさか財前室長が専務室を尋ねてくるとは思ってもおらず、慌てて頭を下げた。

「お邪魔してもいいですか?」

「はい。どうぞ」

室長を執務室に招き入れる。

「今、お茶を入れますね」

「ありがとうございます」

専務室には応接セットがあるけれど、執務室にはソファはない。デスクのイスに座ってもらうと、お茶を入れるために奥にある給湯室に向かった。

「どうですか? 仕事の方は」

私が入れたお茶をひと口味わった室長に尋ねられる。

「まだまだわからないことだらけです」

「そうでしょうね」

「でも皆さん、とても親切にしてくれます」

「そうですか」

「はい」

手短に近況を伝えると、室長が再びお茶に口をつけた。

「ごちそうさまでした。それでは私はこれで失礼します」

「えっ? もう?」

「はい」

空になった湯呑を茶托(ちゃたく)の上に置いた室長が腰を上げた。

私しかいない専務室にふらりと姿を現し、これといった話もせずに帰ろうとしている室長の用はいったいなんだったのだろう……。

ひとりで頭をひねりつつ、室長を見送るために執務室を出て廊下を進んだ。すると彼の足がピタリと止まる。

「雨宮さん」

「はい」

「がんばってくださいね」

振り返った室長が優しく微笑んだ。

彼が専務室を訪れたのは、私を励ますためだと気づく。

「はい。ありがとうございます」

室長の心遣いに感謝しながら頭を下げた。

< 61 / 123 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop