溺愛依存~極上御曹司は住み込み秘書を所望する~
会議の開始時間に間に合ってよかったと思いつつ、彼の後ろ姿に向かって頭を下げる。けれど、綺麗に磨かれたビジネスシューズが目に映り込んだ。
顔を上げてみると、もう会議室に向かったと思っていた専務の姿が目の前にある。
「専務?」
驚いている私に向き合った彼が、二重の瞳を細めて腰を屈めた。
「雨宮さん。今日は夕食いらないから」
私の耳元に口を寄せた彼が、そっとささやく。
「は、はい。承知いたしました」
不意に縮まった距離と耳に残る低い声を気恥ずかしく思いながら返事をすると、姿勢を正した彼が第一会議室に向かって行った。
すぐ横にいる広海さんにも聞こえないような小さな声で紡がれた言葉は、ただの連絡事項。頭ではそう理解しているのに、専務と秘密を共有しているような気分になってしまうから困る。
「戻るよ」
「あ、はい」
広海さんの声を聞き、今は仕事中だったということを思い出す。エレベーターに乗り込むと、ドアが静かにしまった。
「兄貴、なんだって?」
私たちのほかには誰もいないエレベーターの中に、広海さんの声が響く。
「今日は夕食いらないって」
「ふーん。そっか」
「うん」
専務のスケジュールは把握している。それなのに夕食がいらないことを私にきちんと伝えてくれるなんて、真面目な彼らしいと思ってしまう。
と同時に、あの広くて豪華なマンションのダイニングで、ひとりで夕食をとるのは少し寂しいとも思ってしまった。