溺愛依存~極上御曹司は住み込み秘書を所望する~
真剣な面持ちで耳を疑うようなことを言い出す彼に驚き、目を見張る。
彼の申し出はありがたい。けれど、いつまでも厚意に甘えて迷惑をかけるわけにはいかない。
「えっと……」
どのような返事をすればいいのか悩んでいると、彼の長い指が顎先に触れた。
「菜々子……」
彼の指に力がこもり、顔が上向く。
私の名を甘くささやく彼から目を逸らすことも、抵抗することもできない。
熱に浮かされたように彼の瞳をじっと見つめていると、お互いの唇があと数センチで重なろうとしていることに気がついた。すると、着信音が車内に鳴り響く。
スマホの音に驚き、肩がピクリと跳ね上がった。
「もしもし」
姿勢を正してクシャリと髪を掻き上げ、スマホを耳にあてる彼の姿を見て思う。
着信音が鳴らなかったら、きっと私たちはキスをしていた……。
「ああ、一緒だ。今から帰る」
胸をドキドキと高ぶらせている私とは真逆に、彼の声は普段となにひとつ変わらず落ち着き払っている。
「広海からだった」
「そうだと思いました」
通話を終わらせた彼にうなずくと、エンジンがかかった。
今日はお互いの名前を呼び合い、手を繋いで鎌倉を散策した。けれど私たちは恋人ではない。
彼がキスを求めてきた理由も、そして拒めなかった理由もわからないまま、鎌倉をあとにした。