一筆恋々

【八月二十八日 手鞠より静寂への手紙】


拝復
アントワープで行われていた五輪で、先日日本人選手がメダルを獲得したとか。
三月の株価暴落を始め、今年は暗い話題が多かったので、あかるい話はいいですね。

静寂さんは運動はお得意ですか?
わたしはテニスも何度か経験しましたが、ボールに嫌われていて思うようになりません。
駒子さんの「憎い人の頭だと思って打ちなさい」という助言が、むしろ脚を引っ張っているように思います。

たったいま、ちよさんが西瓜(スイカ)を切ったと呼びに来ましたけれど、寝たふりをしてやり過ごしました。
このところ、お茶請けが毎日西瓜なのです。
たくさんいただいたから当然なのですが、そろそろ瓜とは縁を切りたいのです。
それでも夕餉の胡瓜からは逃れられないでしょう。

お願いしました件ですが、静寂さん、本当に本当にありがとうございます。
まさかこんなお願いを聞いていただけるなんて思いませんでした。

ご推察通り、引き受けていただけなければ、わたしひとりで探すつもりでした。

お付き合いいただく条件は、もちろんすべて尊守いたします。

一、九月一日から日曜日を除く五日間にします。
一、ひとりでは行動いたしません。
一、静寂さんの指示に従います。
一、静寂さんから離れません。

ちよさんがもう一度来て、起きていることが見つかってしまいました。
仕方がないので西瓜を食べて参ります。

では、約束の九月一日、お待ちしておりますので、よろしくお願いいたします。
頓首


大正九年八月二十八日
春日井 手鞠
やさしいやさしい静寂様


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