一筆恋々

【十月十四日 手鞠より静寂への手紙】


謹啓
今日はいらしてくださり、ありがとうございました。
お会いできてうれしかったです。

静寂さん、あの日のことをずっと気にしてくださっていたのですね。
お話ししました通り、傷ついたとか怒っていたわけではなく、ましていただいたお手紙をないがしろにしていたのでもなく、自分の気持ちをうまくまとめられずに、お手紙を書くのに時間がかかっていただけなのです。

思い出すと、いまでもまともに頭が働かなくなります。
それでいて、静寂さんはどういうつもりであのようなことをなさったのかと、不安ばかりが広がっていたのです。

でも今日、「傷つけたことは後悔しているけれど、行為自体は真剣な気持ちだった」とお聞きして、あのことを素直に喜べるようになりました。
わたしも静寂さんも戯れではなく、後悔もないのなら、大切な思い出にしたいと思います。

「好みではない」とおっしゃった理由も、よくわかりました。
ありがとうございます。
とてもうれしいです。

「お詫びに」とお連れくださった森島珈琲館へは、一度行ってみたいと思っていました。
以前いただいたワッフルは、本当においしかったのですが、焼きたてだとまた一段とおいしさが違いますね。
ジャムも葡萄に変わっていて、季節ごとに通いたくなりました。

ですが静寂さん。
いくら好きでも、一度に三つなんて食べられません。
三つご馳走してくださるなら、一度にひとつずつ、三回連れて行ってくださいませ。
たくさんお会いできた方が、ワッフルは何倍も何倍もおいしくなると思うのです。

静寂さんが心配にならないように、またたくさんお手紙を書きます。

それでもまた会いにいらしてください。
理由もお土産もいりませんので。
敬白


大正九年十月十四日
手鞠
心配性の静寂さま


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