一筆恋々

【十月二十九日 手鞠より静寂への手紙】


謹啓
いろどりは春に劣るけれど、十月の庭は一年でもいちばん忙しいようです。
冬を前に庭師が立木や生け垣、芝の手入れをしてくれたので、わたしは義姉と春に向けた種まきをしました。
しずかな秋の庭はいま期待でいっぱいです。

さて静寂さん。
どうしてお気づきになったのですか?
おっしゃる通り、来月七日に姉の祝言を控え、我が家はその準備で持ちきりです。
わたしもそのための衣装を縫ったり、座蒲団を繕ったり、連絡のために英家と我が家の間を行き来していて、学校の課題をする暇もありません。

あのような経緯がありましたので、姉の結婚についての話は静寂さんにとって不愉快かと思ったのです。
そしてその話を避けてお手紙を書くのは難しくて。

姉のこと、「気にしていない」とおっしゃっていただけて気持ちが晴れました。
なんだか隠し事をしているみたいで、落ち着かなかったのです。

姉の嫁入り支度は英家の格式に合わせたので、かなり豪華なものになりました。
総桐の箪笥や黒檀の文机、中には京都から取り寄せたものもあったようです。
駒子さんはよく「うちは貧乏な公家華族だから」とおっしゃるけれど、やはり庶民感覚とは違います。
八束さまがご長男ということもあるのでしょう。

英家の方は一段と忙しなく、お庭が広げられて花木が植えられたり、離れが建て増しされたり、あたらしく自動車をお求めになったりしているようです。
盆と正月が十年分いっぺんに来ても、あれほどの賑わいにはなりません。

あちらさまのご親戚の中には、姉の出自をよく思わない方もいて、かなり厳しい言葉もかけられたようです。
姉は言葉を濁しますが、親しい女中さんから聞き出したところ、書くことさえはばかられるような下品な嫌みも言われていました。

それでも姉はしあわせそうに笑っています。
よほど八束さまが気遣ってくれているのでしょう。
気苦労は絶えないと思いますが、あの夫婦仲の良さには憧れます。

最近はあたたかく晴れたかと思えば、急に冷たい雨の日があるので、祝言当日は晴れてくれたらいいな、と毎日祈っています。
敬白


大正九年十月二十九日
手鞠
静寂様


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