一筆恋々

【十一月七日 手鞠より静寂への手紙】


謹啓
今朝庭に出ると、一面に露が降りていました。
雪柳の細い枝が、まとった露の玉で輝いていて、触れたら澄んだ音色が聞こえそうでした。
寒い朝の湿った土と草の匂いは、身体の奥まで清めてくれるような気がします。

こんなに清々しい日に、姉は八束さまの元へ嫁ぎました。

婚礼衣装のお掻取(かいどり)は、黒地に蘭と菊、そして花車模様が華やかな、庶民では身につけられない高価なものです。

祈りが通じたのか穏やかな晴天で、その下を(くるま)まで歩く姉は、決して物怖じすることなく、堂々としておりました。

俥上の人となり、姉はなよやかに頭を下げたあと、ゆったりと微笑みました。
秋の陽光がその透き通った肌を抜けていくような、うつくしい笑顔でした。

愛するひとに嫁すとき、女のひとはあのような笑顔をするのですね。
遠ざかる俥を見ながら、わたしももう少ししたらあの笑顔で嫁ぐのか、と自分を重ねていました。

そのとき静寂さんは、どんな風にわたしを迎えてくださるのでしょう。
考えるだけで胸がいっぱいになります。

祝言の席で、久しぶりに駒子さんに会いました。
ゆっくりお話する時間はありませんでしたが、落ち着いたご様子で、笑顔も見られました。
明日から学校にも戻るようですので、ほっとしています。
お心の内は、わかりませんけれど。
敬白


大正九年十一月七日
手鞠
静寂様


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